絶コネの追い払い着手からじき半年、このブログの今

絶コネの追い払い着手からじき半年、このブログの今

 

今年の5月9日、特定の読者層が0人になるまでブログを更新しないことを宣言した。その他、過去記事もすべて引っ込めた。私は徹底抗戦の構えを取った。

 

概要はこう。私がブログ記事を書かない(読者の期待に応えない)ことを分からせ、ブログに通うことをやめてもらおうという算段だ。考えなくてもわかるとおり、人はチェックしているSNSアカウントなりブログなり動画チャンネルなりの更新が途絶えると、その日課であったはずのチェックをやめ、ひいては登録すら解除するのが一般的である。

 

この世の中、期待に応えてくれない相手をフォローし続ける人はいない。しっぽを振っても反応しない人間に懐く犬などいないのと同じ。だから、更新しなくなったブログをチェックしに来る人はいなくなるはずだった。

 

私の当初の見立てでは、せいぜい2か月も放置すれば諦めてくれると思っていた。ところがどっこい、その予測はあまりにも甘かった。神は私を煽っていたのだろうか。現実は皮肉なことに、私がブログから追い出したいと願う相手に限って、諦めずブログへ通い続けてきた。なんでだよ。迷惑客に限って常連化する店みたいなものだ。これは俗に言うマーフィーの法則ってやつかも。

 

私は頭を抱えた。この特定の読者層(=絶対プリコネ記事しか読まないマン)にどう対処すれば良いのか。技術的にもスマートな対応の仕方がなかった。

 

というのも、彼ら絶対プリコネ記事しか読まないマンは、文字通り絶対にプリコネ記事しか読まない。記事の内容がプリコネのものでないと察するや否や、ものの数秒で記事を閉じるのが彼らの習性だった。それは統計と解析で明らかになっていた。

 

私はブログの初動を誤ったがために、彼らのような望ましくない読者を大量に抱えてしまっていた。彼らはこのブログがプリコネブログであると勘違いし、またどういうわけだか好感を持たれてしまっていた。

 

プリコネ以外のテキストに目を通さない彼らに対し、諭すという手段を取ることはできない。例えば『プリコネ記事だけ読んでいるみなさん、もうプリコネ記事は出てきません』とか『あなたがいなくならない限り、ブログは再開しません』とか書いたところでインプットするはずもなく、つまり言語コミュニケーションの道は絶たれていたと言っても過言ではなかったし、もっと言えば、彼ら絶対プリコネ記事しか読まないマンにその自覚があるのかすら怪しかった。おそらく他人事のように思っていた人もいただろう。

 

『絶対プリコネ記事しか読まないマンって誰だ...?』

 

いやオメーだよ。

 

 

だから私は実力行使に出るしかなかった。その実力行使とは冒頭に述べたように、私が読者の期待に応えない存在であると自然に分からせることだ。

 

あれからもう5か月が経つ。私は実際に5か月記事を出していないし、その間に記事以外のテキスト───あえて彼らの反感を買うような怪文書───を幾度となく立て並べた。怒らせたりガッカリさせればいなくなるだろう、という狙いがった。

 

ところが現実は厳しい。9月に入った今なお、絶対プリコネ記事しか読まないマンはこのブログをチェックしに来ている。そのうちのひとりは、15か月前からずっとここに通い続けている男だ。何が彼らにそうさせるのか、理解しようと努めたところで無為なこと。我々は分かり合えない。

 

絶対プリコネ記事しか読まないマンをブログから絶対に追い出そうとする私と、それに抗う彼らの我慢比べがまだ続いている。

 

私の当初の目的である絶コネの追い出し、それはまだ為されていない。

 

 

私はこんな下らないことのために多くの一般読者から見捨てられ、PVは底を尽き、またこのブログにおける5か月以上ものブログライフを無駄にした。今は "彼ら" から逃れるべく、別の場所で日々駄文を綴っている。

 

いずれにしても、このブログを育てる計画は頓挫したと言ってもいい。彼らが張り付いて監視している限り、ここを思うように稼働させることはできない。

 

絶コネを払うこのサイレント祈祷がいつまで続くのか、それは私にも誰にもわからない。