ポルノが福祉ならばVTuberもまた福祉たり得る

ポルノが福祉ならばVTuberもまた福祉たり得る

 

人間のむなしさを知ろうとするなら、恋愛の原因と結果とをよく眺めるがよい。

 

───ブレーズ・パスカル 『パンセ』

 

 

『ポルノグラフィは福祉である』

 

上記は表現の自由主義者であるネット論客、青識亜論氏の主張である。

 

氏曰く、現代では過去と比較して、異性からのパートナーシップ獲得がより困難となり、恋愛競争から脱落したいわゆる恋愛弱者はセックスや性愛を享受できなくなってしまった。非モテの増加である。

 

そうした非モテを救済するための福祉としてポルノグラフィが商品化され、満たされぬ人々に行き渡らせるべきだと氏は言う。

 

それに対し、フェミニストと呼ばれる人たちはポルノを、場合によってはアダルトグッズまでもを消し去ろうと時折奔走しているわけだが、 仮にポルノが淘汰された世界でどのような悲劇が起きるかは想像に難くないだろう。結局割を食うのは生身の人間である。

 

 

非モテへの疑似恋愛は福祉である

アイドル然り、(一部の)俳優然り、(一部の)声優然り、昨今嘲笑されているVTuber熱然り、これらは主に正当な異性関係を結べない恋愛弱者のために遍く存在している。

 

いや、本来的にアイドルやVTuberらはそのような役割を狙ってビジネスを展開しているわけではないのだろうが、ファンの客層的に勝手に "そのような期待" を寄せて消費してくるため、結果として非モテ異性にコミットせざるを得ない。こればかりは仕方がない。金を落とす客層の相手をするのは至って当然のことだ。

 

さて、VTuberへと投げ銭をして認知してもらおうと躍起になっているファンが、昨今『カオナシ』呼ばわりされるなどしてひどく嘲笑されていたりするが、彼ら彼女らのように異性から満足に承認されたことのない人たちにとっては、形はどうあれイデアとする異性に(たとえ文字だけの存在だったとしても)認知されることが至上の幸福をもたらしていると思われるし、結果としてこれが『ポルノ的福祉と何が違うのか』と問われれば何も違わないだろう。まったく同じだ。ポルノ同様、異性で以って満たされている。

 

VTuberへのスパチャを嘲笑する人は、その行為の空虚さについてしばしば指摘するわけだが、私が何度も言うように、趣味は本人が満足なら、たとえどれだけ破滅的だろうとそれでまったく構わないと思うし、スパチャによって本人が得られる幸福感はあくまで相対的なものであるから、スパチャをしている本人のエモーションは、あなたが想像するそれとはまったく量が異なると思った方が良い。

 

例えば、あなたがアレコレとお膳立てした上でありつけたセックスにより、ここでは定量化して10の幸福感を得るとする。片やVTuberファンがスパチャをし、それを読み上げられることで得られる幸福量が15だったとすれば、オタクのスパチャ行為をまったくバカにできたものではない。ある行為で得られる刺激の量および幸福量は人によって異なる。

 

異性に承認された経験に乏しい人たちにとって、チップのお返しにハンドルネームを呼ばれるだけでも十二分な救いになっているだろうし、儀式化された名前読み上げで精神的な安寧を得られているという意味では、形而上的存在───実体のないモノへの信仰によって精神的な調律を得られる宗教とも大差ないと言える。

 

ご存じの通り、かつての宗教も不安や苦痛に喘ぐ人たち───恵まれない人たちへの福祉であり、それと同時にコミュニティツール(共同体)でもあった。これはVTuberとその周辺と同質である。

 

したがって、VTuberへのスパチャは、仏教やキリスト教信仰と同列に考えるべきという飛躍した理屈を私は提唱する。

 

 

その絶対神は儚い

ただ、強いて言うなら、VTuberたる偶像は宗教的な形而上神とは異なり中身が人間である上に、実際は十中八九既婚か恋人持ちか性行為経験済みであるため、もっぱらファンが望むような "純潔でウブで便をしないクリーンな人物" である可能性は極めて低く、既存のアイドル同様、ファンが押しけがちな諸々の期待は端から裏切られている可能性で満たされている。

 

そもそもの話、いくらアバター仮装+画面越しとは言え、大勢のリスナーの前で上手なパフォーマンスをこなしてみせるような芸才に富んだ人物が、実生活上の社会的・コミュニティ的に孤立しているはずはないのだから、異性の影は確実にある。

 

VTuberはその形式上、異性関係が露呈にしにくいだけであって(なお露呈している配信者もいる模様)、実生活上での異性との接触リスクまでもが低いというわけではない。だから結局は、これまで消えて行ったやらかしアイドルらと同様、やることをやっている事実に変わりはなく、そしてそれが露呈しにくい分だけファンが魔法にかけられる時間も長くなるだろう。

 

 

疑似恋愛ビジネスは搾取か福祉か、人によって見方が異なることとは思うが、少なくとも私は福祉だと思っている。我々はあるべき福祉の妨害をすべきではない。

 

これに対し、『身を滅ぼすようなつぎ込み方をしている人がいるのは問題だ』と言う人が出てくるかもしれないが、これはあくまで愚行権の問題であり、福祉であるポルノだって過剰摂取すれば身を滅ぼすのと同じことで、提供する側の責任を問うべきではないと私は考えている。

 

ただ、倫理の問題として、知的ボーダーの人を狙って食い物にする限りにおいては感心できない。