VTuberのアンチと信者で二極化しやすい理由

VTuberのアンチと信者で二極化しやすい理由

 

VTuberにお熱な層が『カオナシ』とネーミングされ、チー牛やインキャと同様の文脈で嘲笑される出来事が少し前にありました。Twitterでもバズってたっけ🤔

 

発端となった匿名投稿 ↓

 

(推しVtuberに)金を差し出すことでしか自分の表現方法がないんだよ

好きな千に砂金差し出してたカオナシと同じ

千はそれを拒絶したけどVtuberは喜んで受け取るからな

だからVtuberオタクというカオナシは成長も挫折もせず一生そのままなんだよ

 

Vに関連のあるオタク界は、この話で大いに荒れたようです。アンチを主体とした嘲笑側と、それに反論する信者側、その二項対立がハッキリしていましたし、はてなのVTuber界隈擁護およびアンチ批判記事をめぐって喧嘩している人も見かけました。

 

 

以下は完全に私の主観なのですが、世間のオタクを見ている限り、とりわけVTuberというコンテンツは信者とアンチで二極化しやすくなっているような気がします。つまりは中立な人が少なくて、好きか嫌いかのどちらかに偏る印象があります。

 

ということで、今回はその理由を推察してみたいと思います。

 

 

ひねくれたVTuberアンチと純粋な信者

VTuberに夢中になったり、あまつさえ恋愛感情を抱くようないわゆる "ガチ恋勢" と呼ばれる人たちというのは、端的に言えばピュアな人たちだと思っていて、これまでの人生において他人───この場に適した言い方をすれば "異性" に不信感を抱く経験に乏しく、ダイレクトに否定されたり貶められたり利用されたことがない、あるいはそれに無自覚だったため、他人を疑ってかかったり、自分が良いように扱われてはいないかと自問する "ひねくれた精神性" が養われておらず、それゆえに純粋無垢で、だからこそビジネス(仕事)として愛想を振りまいているVTuberにも無我夢中になってしまいます。

 

例えば、子供というのは他人から本物の悪意や害意を向けられた経験がなく、また一般的には親からの愛情を十二分に受けて成長するため、ある程度の年齢までは非常に純粋で穢れの無い生き物ですが、やがて共同体生活(学校をはじめとする他者とのコミュニティ活動)に関わっていく中でバカにされたり、騙されたり、また嫉妬や加害することで良くも悪くも世と人の醜さ知る大人に変わっていき、そこから他人の悪意や害意を推察して生きるようになり、己の心身とその財産に危害・損害を与えるであろう他人に対して最大限の注意を払うようになります。

 

他人を疑わないカンザキナオのような大人はほとんどいません。それが普通です。程度に差はあれ、『この相手は自分を利用しようと企んでいないだろうか。騙されたくない騙されてたまるか、その手には乗らない』と疑ってかかるのが世間人です。

 

 

ではこれをVTuberの話に持って行くと、特に企業VTuberというのは、承認欲求の充足や暇つぶし、ないし慈善活動をメインとした存在ではなく、事実としてお金のために役者としての務めを果たす職業エンターテイナーであるため、先ほど述べた "ひねくれた精神性" を有している人の場合は

 

『VTuber=アバターで性的魅力およびルッキズムの恩恵を最大限にブーストし、愛想を振りまいて恋愛弱者のオタクから金を巻き上げるバーチャルなキャバクラ。実際のところ、演者はリスナーのことを金ヅルのカモとしか思っていないに決まっている』

 

と認識し、説明するまでもなくVTuberに否定的な価値観を抱くわけですが、純粋な人の場合はその認識が作用せず、本気で恋をしてしまうなど夢中になってしまった結果として、形はどうあれ相手側からの承認が欲しいと考えるようになり、応援と言うよりかは自分のコメントを拾わせるために借金をしてまでスパチャを投げ続けたり、過去にはスパチャでストーカーを働くユーザーまでいたようです。スパチャでストーカーとは、ありがたいのか迷惑なのかこれもうわかんねぇな。

 

で、VTuberに懐疑的な人からすれば、自分らオタクをカモにしているVTuberに対し、いっさい疑いもせず大枚はたいている信者がまるで【肉屋を支持する豚】として映るわけで、まさにその瞬間、VTuberとその信者の両方に対する侮蔑感が芽生えます。

 

この侮蔑感とは『チー牛w』や『インキャw』と罵って煽りを働く典型的なマウンティングと同種のものであり、つまりVTuberアンチというのは

 

VTuberに騙されない賢い自分 が

 

VTuberに騙されているバカなアイツら をバカにすることで自尊心を満たそうという心の働きがあるわけです。結局は自分より下(と自分が考えるもの)を見つけて『自分はこいつらよりはマシだ』と安心しているわけですね。

 

とは言え、これに関しては程度に差はあれ誰しもやっていることですので、とりわけVTuberアンチが悪質であるわけではありません。自分より下な人をウォッチして安心するのは人の常です。でなければ、既に引退した某大物YouTube rがあそこまで有名になるはずがない。

 

 

VTuberにのめり込み過ぎる人というのは、ホストやキャバ嬢・風俗嬢に依存してしまう人と同じであり、相手の職業的な背後事情を考えずに態度を額面通りに受け取ってしまい、向こうは客としてしか思っていない一方でこっちは依存、という皮肉な結果を生み出してしまいます。

 

 

アイドル業界も全く同じ

今やアイドルとそのブームはものの見事に衰退してしまったものの、アイドルが流行っていた当初は

 

『アイドルなんて枕したり隠れて彼氏作ってズッコンバッコンしてるに決まっているのに、そんなアイドルを疑いもせず夢中になっているドルオタww』

 

といった、冷えてるか~系の嘲笑が数多く見られたわけですが、今のVTuber業界はそのまま上記の文脈を引き継いでいる...というかVTuberって、AKBのような三次アイドルのメソッドが技術の発展に伴い、そのままネット(Virtual)に移行しただけですからね。本質は同じだと思います。

 

かつてのアイドルオタクが『性懲りもなく搾取されるアホ』と揶揄されていたように、VTuber界隈もまた同じ運命にあるわけですね。 

 

 

ただし、上記で触れているように、VTuberはスキャンダルが露呈しにくい分だけ良くも悪くも幻想が続きやすいかと思います。結婚してても大抵バレませんから。

 

 

しかし大抵のリスナーはライトなテレビ感覚

VTuberのガチアンチ(VGA)の人は、界隈を見下したいがためにVTuberを視聴しているすべてのユーザーが搾取されに行っているような口ぶりで話したりするのですが、ぶっちゃけそれは大きな間違いで、実際はVTuberを暇つぶしのテレビやラジオ感覚で視聴している人が大多数でしょうし、ガチ恋勢やストーカーのように特定の配信者に執着している人も当然ごく一部で、大抵の人は時間割りで区切られたバラエティ感覚で見ていると私は思います。雑に表現すればライトユーザーですね。

 

特に今は、テレビやラジオといった旧来の情報媒体が軒並みオワコン*1になってしまったため、手持無沙汰なオタクは片手間かつ受動的にボケーッとVTuberを視聴しているでしょう。

 

当然、彼らのような人はお金を落としませんし、そもそもVの配信を視聴するにあたってお金は必要ありませんから、カオナシなどと呼ばれるニッチなファンも実際はごく一部であり、そうした一部の目立つファンを見てバイアスに囚われてしまっているのがアンチなのではないかと思う私です。

 

VTuberを視聴している人の大多数は、演者個人に対してそこまで興味を持ってはいないでしょうから、他に比べて肩を持っている演者が引退したりスキャンダルで消えたとして、すぐチャンネルを変えて忘れ去る程度のフットワークの軽さだと思います。だって配信者なんてゴロゴロいるもの。今や演者の数が爆増してしまい、いくらでも替えが効く存在となってしまいました。

 

結局はアバターを画面に出力してゲーム配信してるだけですからね、現状の大抵の配信者は。

 

ニュートラルが少ない理由

ひとつ説明不足でした。【VTuberのアンチと信者で二極化しやすい理由】というテーマの答えがまだ不十分。

 

VTuberに対して中立な、ニュートラルな人が少ない理由として、今やVTuberというコンテンツが若年オタクコミュニティの中でアニメと同レベルの規模を誇るようになり、オタクであればそのほとんどがVTuberにコミットし始めたので、オタクとしてコミュニティ活動する以上、VTuberの話題は切っても切れないものになりました。

 

つまりオタクは、周囲の話題に付いていくためにとりあえず誰しもVTuberを視聴したわけですが、そこで『VTuber見てみたら良かったわ~』と肯定的なコミュニティに迎合した信者側と、『は? あんなんルッキズムブーストインチキおばさんのキャバクラやん、アホくさ』という拒絶的なアンチ側で二分され、そしてそれが党派になったわけですね。

 

VTuberに対してのスタンスを示すこと自体が自身の仲良しオタク活動の一環だったわけで、それゆえに『どっちともいえない』という中立派が少ないわけです。なにしろどっちでもなかったら周囲のオタクトークに混ざれませんからね。好きか嫌いかがないと話の起点を作りにくい。

 

今やオタクというあり方が一種のコミュニケーションツールとしてカジュアル化してしまった以上、周囲に付いていくためにとりあえず同じコンテンツを試食し、肯定するなり否定するなりで立ち位置を示す必要があります。結局はイナゴ的なアレです。

 

またオタクは異性観がアレな人が多いので、経験不足故すぐ好きになってしまったり(少し優しくされると好きになってしまうヤツ)、あるいは傷つくことを恐れて斜に構えてしまったりと、その価値観がVTuberに対しても表れやすいのだと思います。とりあえず無難な態度を示すのが苦手なんですね。

 

 

極度の信者もアンチも程度は同じ

まれに、生活が破綻するほどスパチャをしたり、親の金(カード?)を盗んでスパチャする信者がいると聞きます。

 

そのレベルにまで理性を失っているとなると、劣等感を癒し自尊心を満たすためにカオナシ連呼して悦に入っているアンチと程度は変わりません。行き過ぎた信者もアンチもどっちもヤバいです。悔い改めてほしい。

 

また、ガチアンチの中には元信者が混ざり込んでいるケースがあって、殺害予告してしまうタイプの声優オタクのように『(好きだったのに)自分の望んだ反応や立ち回りをみせなかったから許せなかった』と、勝手に期待して失望してアンチ化する人もいます。

 

だから一番ヤバいのは『VTuberとかアホくさ』と最初から拒絶している人ではなく、寝返った元信者のアンチが一番過激でヤバいんですよね。下手に相手を知っている分、過去や落ち度に詳しいですし、パワーの源となる憎悪や執着心も激しいです。

 

これはVTuberに限った話ではなく、アンチの中で一番ヤバいのは元信者です。覚えておいて損はありません。

 

 

んでもって、他人の自尊心云々語っていた私ですが、こうして俯瞰して物事を分かった気になりたがっている(なお分かってない)私も本質的にはカオナシ罵倒のVGAと程度は変わりません。

 

俗な心理学の本を読んだり独自に推察してメタに語りたがる人というのは、『他者より優位に動きたい』と望んでいると同時に、わざわざそんなことをしなくてはならなかった背景があるということで、結局はこの手の人も何らかの劣等感があるのでしょう。

 

 

まとめ

結論を簡潔にまとめます。

 

VTuberのアンチと信者で二極化しやすい理由は、VTuberがオタク界に浸透し始めたことで誰もが関わらざるを得なかったことと、VTuberというコンテンツが好き嫌いの出やすいものであったから、です。

 

納得するかしないかはあなた次第。

納得してくれたら私に5兆億円スパチャ恵んでください。

 

*1:そもそもオワコンという言葉自体がオワコンくさい