虚ろなアクティビスト

虚ろなアクティビスト

 

私が知っている限りの改革派、一般的に"リベラル" と呼ばれる人たちは、昨今、問題ではないことをさも重大な問題であるかのように取り沙汰す事案が後を絶たない。私がそれについて考える中で、今さらになって彼らの抱えるにバグに気が付かされた。気が付くのが遅すぎる。

 

そのバグとは、活動家にとって問題(とされているもの)はなくてはならないものであり、その問題が解決されて困るのは他ならぬ彼ら自身である───というものだ。

 

 

しばらく前の自称録画放送にて、西村ひろゆき氏が次のようなことを口にしていた。

 

『フェミニストの人って、アカデミズムレベルの人でさえ、問題解決に向けた本質的な話をしようとするとはぐらかすんですよ。要はあの人たちのアルファは、本当は問題を解決する気がないんですw だって問題が無くなって困るのはあの人たちなのでw ヘッヘッヘッw』といった具合に、だ。

 

なるほど。

そう考えると、これまでの行動に照らし合わせても合点がいく。

 

ここでは例としてフェミニズムを挙げていくが、フェミニズムでメシを食べている人(学者 / インフルエンサー / アクティビスト)にとって、格差問題とされているものの解消はすなわち食い扶持や存在意義の喪失につながってしまうため、扇動された末端はともかく、言い出しっぺのアルファに解決する気は無いらしい。

 

実際のところ解決する気は無いけれど、『あれが問題。これが問題』と騒いでメディアに顔を出したりイベントに出るのが目的なのだ。要はマネタイズであり、インフルエンサーとしての地位作りである。また、承認欲求の側面も多少ながらあるだろう。

 

そうした人たちの仕事とは問題を解決することではなく、問題ではないことをさも問題であるかのように騒ぎ立て、周囲にいる流されやすい las masas の支持を獲得し、インフルエンサーやオーソリティとしての地位を盤石なものとしていくことにある。実際、あの人たちは問題提起をするだけして、後はガヤに丸投げして次に移る場合も少なくない。(具体名を出すと訴えられかねないため、ここでは差し控えるが)

 

医師が病気無しでは存続し得ないように、死ぬ人がいなければ葬儀屋が要らないように、問題を取り扱うアクティビストもまた問題なくしては存続し得ない。だから彼らは『問題が無いなら作るまでだ』と息巻いてこねくり回してくる。滑稽な話だ。

 

そうした背景があるからこそ、現状に異論を挟むことを命題とする───というか、それこそが昨今の存在意義と化したリベラルなんかは、既存の制度や文化にアクロバティックないちゃもんをつけるのが21世紀の恒例行事になっていて、彼らは嚆矢としての改革派だからこそ、とにかく問題とされるものを捻出し続けなければならないし、皮肉にもその問題(とされているもの)のすべてが解消されて困るのもまた彼らである。

 

昨今のアメリカで起こっているポリコレの惨状だってその類だ。アメリカでは差別を見出し続けなければならない反差別活動家により、差別に繋げられるものはなんでもかんでも差別としてやり玉に挙げられ、言葉狩りは着々と進み、今や超絶ラディカルなねじれを生み出している。

 

その結果が『マンホールという言葉は性差別!』だとか、『黒い溶液が入ったボトルは黒人差別!』などという呆れた問題提起の数々である。重箱の隅つんつん feat. おでんつんつんどころの話ではない。

 

 

ある問題を依り代にしている人というのは、問題の存続無しでは生きられない。これがアクティビストのジレンマであり、彼らは明確な問題が無くなればなくなるほどアクロバティックに問題(とされるもの)を提起してくる。まさに虚業、空虚と言う他ない。

 

 

ところで、俗に言われるアンチもそれに近からずも遠くない性質を持っていて、アンチもまたその対象無しには成り立たない。

 

アンチは特定の誰かに対する攻撃を起点として同志によるコミュニティを構築し、そこでならず者同士の悪意(本人らは正義感のつもりかもしれないが)をベースとした奇妙な友情や一体感を育んでいる。そう考えると、アンチにとってのアンチ対象とは、いわば養分であり根源でありアイドルでもあり、また "レゾンデートル" でもある。

 

そして、彼らがアンチ行為をしている対象が潰えた暁には、彼らは表面上では『潰してやったぜ!』と喜びを見せる一方、大義名分を失った大抵のメンバーは、内心で喪失感を覚えつつコミュニティの成仏を見届けることを余儀なくされる。

 

もっとも、ごく一部のメンバーは、アンチ対象が消えた後も交友を続けてはいくのだろうが、そもそもアンチなどというしょうもない活動でしか他人と接点を築けない人間は、社会的に、対人関係的に不適合である可能性が極めて高く、明確な活動目標を失ってもなお交友を続けられるとは到底思えない。だから霧散する他にないのである。