ゆるふわ社会運動が紡ぐ、スラックティビズムの嵐

スラックティビズム

 

"承認欲しさに本質的な解決に繋がらないコスパの良い政治的発言を口にする" という病理が、昨今のTwitterに蔓延しているように見える。

 

つまりこれと同義だ。 

 

スラックティビズム(英: Slacktivism)とは、「怠け者(slacker)」と「社会運動(activism)」とを掛け合わせたかばん語であり、SNSやネット署名などの手軽な手段により、専ら自己満足のために社会運動に参加することに対する蔑称である。

 

そのような行動は、自分が何かに貢献しているという自己満足を得ること以外には、ほとんど意味がない可能性がある。また、スラクティビズムはしばしば美徳のシグナリングの一種である。

 

スラクティビズムが非難される理由としては、そのような手軽な手段は運動の役に立たず、寧ろ、より積極的な活動を減退させるという仮定がある。多くのウェブサイトやニュースプラットフォームは、FacebookやTwitterなどのソーシャルメディアサイトをインターフェイスに統合しており、人々はインターネット上で見た面白いものについて簡単に「いいね!」や「シェア」、「ツイート」をすることができるようになっている。

 

今日では、マウスをクリックするだけで社会問題や政治問題への懸念を表明できるようになっているが、ほとんど何も考えずに「いいね!」をすることによって実際に何が達成されているのかという疑問が生じている。

 

引用:スラックティビズム - Wikipedia

 

わかりやすい例で言えば、被災地に千羽鶴(ゴミ)を送るだとか、実効性に欠ける勢いだけのネット署名などがある。同概念の詳細はリンク先を参照のほど。

 

 

義憤と正義のスラックティビズム

Twitterのトレンドがしばしば怒りに満ちている理由と、その構造がスラックティビズムであることを以下に説明する。

 

 

政治的に正しくないもの(火種)をメディアやインフルエンサーが拾い上げて発信する

各方面のオピニオンリーダーが『叩くべき』という方向性を持たせつつ拡散

末端まで伝達

各々がとりあえず義憤や遺憾の意を表明し、ゆるふわと社会運動にコミットする

怒りをソースとした指向性の社交場が出来上がる

 

 

例えば、社会に向けてメッセージを発信する手法としてデモが存在するが、デモ参加者の大半は意義や崇高な理想など考えず、日頃の鬱憤晴らしやお祭り気分で参加していることが以前から指摘されていたりする。つまり、看板を持って騒ぐイベントとして消費利用されているのがおそらくの実態だ。

 

デモ

 

彼らの目的は主として社交や承認欲求の充足であり、そのネタを消費して周囲と関わることに価値を見出している。したがって、問題とその本質的な解決はどうでもよく、口で言うほど問題視もしていない。政治家や著名人の取るに足らない失言やスキャンダルを数日がかりで叩き、謝罪に追い込んで満足しているのが良い証拠だ。

 

叩いたところで対象が肛門や口から札束を吐き出すわけでもなく、政治や経済が改善されるわけでもなく、貧困層が救済されるわけでもなく、自殺者が減るわけでもなく、女性の賃金が上昇するわけでもないのに。ゆえに空虚。

 

 

メディアやインフルエンサーが社会悪と認定した対象へ怒りを表明することにより、自分は正義サイドとして振る舞うことができ、また周囲の仲間らと自分の社会的正しさを確認しつつお互いに承認を分け合うことができる。引用の中で『スラクティビズムはしばしば美徳のシグナリングの一種である』と言われているのはまさにそれで、悪に対する義憤の表明はもっとも低コストな美徳シグナリングとして作用する。

 

すごく露悪的に言えば『悪を叩く自分サイコー!!』の図となり、周囲に正しい自分をアピールをすることで自己の内的欲求を満たしている。これは要するに正義マンのロジックと同質だ。だから人権や差別にうるさいリベラルがやたらと政治的に正しい発言を好む理由も、結局は美徳シグナリングである。

 

リベラルが既得権益(とされているもの)に批判的で、その一方でやたらと弱者(とされているもの)に寄り添う理由は、『弱きを助け強きを挫く』という正義マン精神の発露に他ならない。美食家ならぬ美徳家だ。

 

『LGBTを許容してる私って、おしゃれで先進的でしょ』っていうタイプの人がちょこちょこいるんすよね。『この人好き、なぜならゲイだから』みたいな、あの『ゲイの友達がほしい』みたいな、なんか『マイノリティの人のことを理解して許容しているから私は社会を理解しているオシャレなんですよ』っていうのの、トロフィーとしてゲイの人を使うのもそれはそれでゲイの人に対する記号化で、ゲイを人間として見ているんじゃなくて、なんか自分を自慢するためのラベルとして使ってる感があって、あんまり僕、LGBTのこと理解できる派閥の人好きじゃないんですよね。

 

引用:【ひろゆき】上手な撤退は評価されない。La bière"Nos brasseurs ont du talent"を呑みながら。2021/02/09 M02 23:28~

 

彼らによるマイノリティ理解やリソース提供の押し付けであったり、無理筋な逆差別の肯定などがときに無用な反発を招いているとも知らず、いかにもマイノリティに配慮しているような口ぶりをみせる彼らは、結局のところ徹頭徹尾エゴのためにそれをやっている。まるで『あなたのためよ』とか言いながら、自利を目的に支配しようとする毒親並みの悪質さだ。それを欺瞞と呼ばずして何と呼ぼう。

 

 

政治的に正しい発言で承認を得るのはさして難しくない。たとえ現実を度外視した理想論だろうが綺麗事だろうが、オーディエンスが欲しているであろう言ってほしい言葉を言ってあげるだけで称賛と承認を集められるわけだから、恋愛工学のごとく適応度的なコスパはものすごく良い。

 

政治的に正しい道徳モンスターとして振る舞うだけで、RTやいいねの獲得に困ることはないだろうし、孤独感に打ちひしがれることもない。悪を叩けば道徳ポイントの噴水で承認シャワーが気持ちいい。みんな褒めて肯定してくれる。正しい発言をする自分が求められている。ゆえにそれをやめる理由などない。道徳依存症だ。

 

あの人たちにとって、社会悪とは必要悪であり養分でもある。ヒーロー同様、悪がなければ正義は自己の存在価値が揺らいでしまう。良い人として振る舞うため、対比となる悪い人は必要とされているものだ。

 

そして、怒りを表明することでRTやいいねを獲得できると学習してしまったが最後、そいつは事あるごとにトレンドの政治問題へ首を突っ込み、なんかそれっぽいことを言って反応を拾いに来る義憤表明承認乞食になる。この手のユーザーが今のTwitterにはわんさかといる。見てみろ、いつなんどきも何かに怒っている人たちが大挙しているだろう。そして互いにいいねを送り、RTを回しあっている。

 

自分らしさを表現してわずかな承認を得るひもじさに耐えられず、彼らは安易な主観的正義での承認をヨシとしてしまった。それが今のインターネッツだ。自分らしさで承認を引き出せない人ほど、安易な承認の獲得に走る。グレードの低いメソッドへ手を染める。まるで性を売って金を稼ぐかのごとく。

 

 

もちろんこれは義憤の表明に限ったことではなく、人は何か特定パターンの発言、あるいは振る舞いで承認を得られると知ると、以降はそれを繰り返すようになる。

 

だから怒ってばかりの人は、怒ることでRTやいいねを獲得できると学習してバカのひとつ覚えに陥り、夫叩きで他の主婦から称賛されてバズると知った妻は夫叩きに明け暮れ、エロYouTuberや裏垢のように肌を晒せばチヤホヤされると学習した人はそればかりになるし、まともな言語コミュニケーションが取れない少年は、『マジやば』『ウケる~』『キモ』『かわいい~』しか言わないいつぞやの女学生のごとく、淫夢語録やネットスラングやセリフ画像で定型文の自己表現およびコミュニケーションばかり取るようになるし、バカッターやへずまのようにバカ真似や不謹慎ばかりしている人は、それのみでしか注目を集められないことを理解しているからこそ同じ手法に訴える。

 

したがって、承認の獲得手段に乏しく、なおかつ承認欲求が強い人というのは、同じ手法でしか承認を集めることができず、ワンパターンを繰り返すようになる。まぁこれに関しては誰しも他人事ではないだろう。私だって芸のパターンは極めて少ない。

 

これは身も蓋もない話だが、もっともな話、たとえ芸がなくとも承認欲求を押さえさえすればそれで事足りる。まぁそれが難しいからこそ人間は苦しむわけで、認めてほしい注目してほしいと大抵の人は苦悩する。そして、その欲求の対処が下手な者はタガが外れて怪物になり、道徳モンスターやエロ売りモンスターや粘着ガチアンチや迷惑不謹慎モンスターと化してしまう。かく言う私も、傍から見れば同じくモンスターとして映っているのかもしれない。

 

 

そんな感じで、コスパよく承認を拾いにいく効率重視のハングリー精神(?)は否定しないものの、安易な怒りの表明と空虚な社会活動参加はほどほどにしておいた方が良いと個人的に思っている。彼らのような、自己の承認を目的とした政治的な正義マンのイナゴになってはいけない。いかにも政治や社会を憂いるような態度を見せつつ、その実で自分の快楽だけを考えるような偽物にはなるな。

 

その一線を越えてはならない。『意地も張れぬ承認など、こちらから願い下げだ』とバトラーは言ったはずだ。(言ってない)

 

大切なことはひとつ、どうせやるのなら実効的な社会運動を興した方が良い。スマホポチポチで遺憾表明などといった自己満足のセルフプレジャーはやめろ。そして薬物(ヤクブーツ)もやめろ。