そして無味無臭になるインターネット

そして無味無臭になるインターネット

 

皮肉やブラックジョークが糾弾されている光景を目撃するなどして、『いよいよここまで来てしまったか』と憂いを覚える今日この頃。懐古厨になってしまいそうだ。

 

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『昔はリアルで言いにくいことをネットで言っていたが、今のネットでは配慮に欠ける発言を口にすると炎上してしまうので、もはやリアルとネットが逆転してしまい、リアルこそがネットで言えない本音を吐く場になりつつある』

 

───みたいな発言が2月の末にバズっていた。のべ6万いいね。

 

これは私自身、心当たりがある。

 

昔というほと前ではないが、以前まではブログやSNSで言いたい放題言っていたものの、昨今変わりゆくネット社会情勢の様相であったり、幾つかの経験を経てからというもの、私も基本的にあまり書きたいことを書かなくなってしまったし、書くにしても取り繕うことが増えた。

 

またブログでは、PVをわざと減らしたりSNSシェアし難くするという奇行に走り、SNSもログや事故炎上の拡散から守るためにクローズドにしている。とにかく日和った。

 

よく言えば私は "丸くなった" ように見えるが、実際は抑えているに過ぎず、本音としては思っていることを思ったように書きたいし、前まで実際にそのように振る舞っていたからこそ、余計にそう感じてしまう。もともと私の芸風がアンモラルやアイロニーを多分に含んでいたこともあって、それが封じられつつあるインターネット下での生活水準は下がってしまった。

 

おそらくだが、一定数の人が私と同じような閉塞感を覚えていると思う。そう思いたい。ネットが前より息苦しくなったせいで、黙ったり取り繕う人が増えたんじゃないのかと。とりあえず無難なことを言うようになった人がさ。

 

私もブログを書くときは安全なラインを見極めている(つもりだ)し、書いたあとに『これまずいかもしらん』と思ったなら、何文字書いた記事だろうがボツにしている。些細な表現でもリスクであることに変わりはない。最近は進次郎バッシングの記事をボツにした。ボツにするくらいなら書かなきゃよかったよ、まったく。

 

だってこんな具合じゃ、おちおち本音も書けないだろう。

 

  • ちょっとした言葉尻を捕られて炎上
  • 言葉狩りをするポリコレ
  • 『自分はそれが嫌い』という嫌悪感を社会正義に接続して潰そうとする、お気持ち仮託政治言論
  • パロディのブラックジョークが差別扇動デマ扱い
  • 少し批判されたら誹謗中傷だとがなり立てる
  • 誤読したり行間だけ読んで怒りだす文盲
  • そ ん な こ と い っ て ね え
  • 本文読まずにタイトルだけ読んで怒るバカ
  • スクショや魚拓、グーグルインデックスなどのデジタルタトゥー
  • ごくごく軽微な法律違反を警察へ通報する正義マン

 

ネット利用がIT強者と変態に限られていた時代は終わりを告げ、今やリアルの公共空間と地続きになりインフラ化した以上、パブリックなウェブでは公序良俗とモラルを弁えねばならず、今となってはむしろ、ログとして証拠の残るネットの方が表現の場としてはリスキーと言えそうだ。

 

またこれと関連する内容で、先月、ノーベル文学賞作家のサー・カズオ・イシグロ氏が、『インターネット上の否定的な空気からなるネットリンチやキャンセルカルチャーを恐れ、(主に作家で)書きたいことを書かない人が増えている』とする内容をBBCのインタビューで答えていた。

 

このように、表現の萎縮は日に日に悪化しており、なにしろ表現の警察が増えすぎてしまい、今やそこら中に地雷が埋設、あるいは極細のワイヤーが張り巡らされているため、諸々の認知力に長けている人でない限り、それを回避しつつパフォーマンスを発揮するのは難しい。うっかり触れてしまったが最後になる。

 

 

しばらく前の話、私の購読しているネット論客が

 

『いずれネットには、正しさ以外の意味を持たない無味無臭な情報だけが流れるようになり、一方でパブリックな場にそぐわない本音はクローズド空間やリアルでのみ打ち明けられるだろう』

 

と予見していた記憶があって、本当に少しずつ、少しずつではあるものの、実際まったくその通りになりつつある。もっともこれに関しては、誰もがぼんやりと予期していたところだろう。

 

インターネットのお作法やガイドラインの強化が進んだ結果として、規範から逸脱した無作法は駆逐され、一定数の人はパブリックなプラットフォームにおいて取り繕うか、あるいは黙りこくるしかない。あの罵詈雑言に塗れた巨大匿名掲示板にしろ、便所の落書きでいられるのも今のうちだけだ。

 

こんな環境では、リベラルのようなきれいごとを口にする人が増えていく一方で、要するに今はリベラルしぐさが趨勢を占める。なんたって悪いことを言ってはならないのだから、ひたすらに美しいことばかり唱えて承認欲求を満たせばいい。私も『人類は家族です! 美しい地球を作ろう!』───とかなんとか言うエシカルしぐさでチヤホヤされたかったよ。

 

私のような "(他称)斜に構えてる俺カッケー" 人間であったり、ニコニコや某巨大匿名掲示板的なミームを有する "古臭い型落ち人間" は、もはやこのインターネットへの適応度が著しく低下している。我々はいずれ駆逐されるか、あるいは美徳家へジョブチェンジをキメるか、あるいは沈黙することを余儀なくされるだろう。せいぜい道はそれくらいしかない。

 

オールド・スネークは『戦争は変わった』と口にしたが、我々の現実では『インターネットは変わった』のだ。このインターネットは、比喩としての愛国者たちが支配・統制している。恭順するか抵抗するか、選択はあなた次第。