ポリコレのせいで素直にコンテンツを見れなくなった

ポリコレのせいで素直にコンテンツを見れなくなった

 

日本はまだ完全にポリコレには飲まれていないものの、欧米各国のそれは今年に入って程度を強めており、政治的正しさという道徳的優位の観点から───レイシストのレッテルを貼られないためにも、今や誰もノーとは言えなくなってしまった。道徳的優位性が強すぎるがために、(社会やコミュニティから疎外されたアウトローでない限り)何人たりとも逆らいようがない。

 

例えば『いじめは良くないと思いますか?』と問われれば、一般社会に身を置く人間は、道徳的観点と社会適応の面から『いじめは良くないと思います!』と答えなくてはならない。たとえ実際にそう思っていなかろうとも、だ。

 

もちろん『いじめられる方に問題があるケースもあると思うけど...』と、言葉を濁して言うこともできない。そんなことを言ってしまえば、『いじめを肯定するつもりか』と飛躍した解釈をされてしまう。ポリコレはそれと同質である。

 

ルッキズムもこれに近い。実際のところ、人はみな容姿の整った他人を愛好するという生殖に基づく優性的な───本能的な習性を有しているわけだが、政治的正しさが求められるこのご時世、『優れた容姿を持つ人間は価値が高い。ブサイクは蔑ろにされても構わない』と声を大にして表明することは許されないため、ポリコレ下では『容姿で他人を差別してはならない。また容姿で人の価値は変わらない』というシグナルを発信する必要がある。そうしなければ、ただちにレイシストの烙印を押されてしまう。

 

もっとも、口でどう唱えたところで、大抵の人はルックスありきで(疑似含む)恋人および配偶者を選考するわけであって、そんな人が『容姿で人を決めるな』などと言うのは滑稽極まりないわけだが、それを問い詰めても『自分の気に入った人がたまたま容姿が良かっただけ』的な言い訳をしていく。そもそもルックスでフィルタリングしてるくせによく言う。

 

時として有名男性俳優が、年齢的に釣り合わない若い女性───それもモデルなどと結婚する光景はよく見られるが、あれがエイジズムとルッキズムを最大限に掛け合わせた政治的に正しくないムーブなのは火を見るより明らかだ。しかし、先ほど述べた通りのそれを口にされてしまうと、客観的な根拠が無い以上は糾弾することもできない。おのれらええ加減にsayよ。

 

習わし、武勇、ポリコレ!!

それが我らが道だ!

 

 

欧米を席巻するポリコレ

そしてポリコレは、その意思を製品やサービスおよび文化の中に織り込まなくてはならないレベルにまで発展した。それがここ数年の欧米の話だ。

 

今や口で『差別はいけないと思います!』と答えるだけでは足りない。企業活動と政治経済の中でそれ示すことが求められた。すべては政治的に正しい健全な社会のために。

 

ポリコレの実例

ポリコレ『美容の広告に美しい女性を起用するのは差別を助長する!』

企業『はい...あえて美人じゃない人を出します...』

 

 

ポリコレ『広告に胸の大きな女性を起用するのは差別を助長する!』

企業『はい...貧の者に差し替えます...』

 

 

ポリコレ『さらさらヘアーになりたいという美容広告は差別を助長する』

企業『はい、広告を取り下げます...』 

 

 

ポリコレ『美白という言葉は肌が白いことを積極的に肯定している! 美白化粧品は差別を助長する!』

企業『はい...美白製品の販売を取りやめます...』

 

 

ポリコレ『ダイエットの広告は差別を助長する!』

企業『はい...取り下げます...』

 

 

ポリコレ『ゲームの主人公が理想化された美男美女ばかりなのは差別を助長する!』

企業『はい...わざとリアルな容姿に設定します...』

 

 

ポリコレ『広告媒体やメディアが取り扱う "幸せな夫婦像" が、総じてヘテロセクシャルばかりなのは差別を助長する!』

企業『はい...同性愛者のカップルも描きます...』

 

 

ポリコレ『マンホールという単語は差別を助長する!』

社会『はい...メンテナンスホールに改名します...』

 

 

バイデン氏『BLM運動もあったし、「米高官が白人ばかりなのは差別を助長する!」と言われそうだから、今回はそれ以外から選任するか...』

→ 次期米副大統領が非白人の女性に

 

(↑私の邪推ではなくマスコミがそのように書いています)

 

 

ポリコレ『統計に基づく優劣の摘示は差別を助長する!』

学者『はい...エビデンスを取り下げます...』 

 

 

ポリコレ『黒人と言う言葉は人種差別!』

社会『はい...アフリカ系などと呼ぶようにします...』 

 

 

ポリコレ『ブラック企業およびホワイト企業という名称は差別を助長する!』

社会『なんか別の呼び方探すかぁ!』 

 

 

ポリコレ『黒人の命は大事だよな!?(Black Lives Matter運動)』

社会『はい...アフリカ系人種の命は大事です...。Black Lives Matter!!』

???『白人街に住んで黒人を避けてるブルジョアがBlack Lives Matterだぁ!? こいつは嘘つきだ、〇せ』

 

 

ポリコレ『映画に白人ばかり起用するのは差別を助長する!』

映画会社『はい...アフリカ系やアジア系も一定割合登場させます...。たとえそれが歴史改変になろうとも...』

 

 

ポリコレ『〇〇マンという言葉は差別を助長する!』

社会『はい...別の表現にします...』

 

 

ポリコレ『企業をはじめとする組織の重役が男性ばかりなのは女性差別!』

組織『はい...役員の一定割合を女性にします...』

 

 

ポリコレ『おい! 某ネズミーランド(の企業)! 白人ヒロインばっかり描くんじゃねえ!』

某ネズミーランド(の企業)『はい...マーメイドの実写で黒人俳優を起用します...』

 

 

ポリコレ『ある役(人種・性別・障がい・カーストなど)を当事者以外の人間が演じるべきではない!』

制作者『はい...当事者を起用します...』

 

 

米企業『ハァハァ...鎌倉の日本を舞台にしたサムライゲーム(Ghost of Tsushima)を作ったぞ...』

ポリコレ『我々白人が異文化圏である日本を舞台にしたゲームを作るのはいけないと思いまーす! 文化盗用💢』

日本人『作ってくれてありがとう!』

 

 

ポリコレ『日本のアニメや漫画のキャラクターの容姿は現実に即していない。だから我々が正しく描き直してあげたわ。こっちを使いなさい』

 

 

米名門大学『ポリコレ棒で叩かれたくないので、実はマジョリティの入試合格率を不当に下げていました

 

 

かくして欧米は完全にポリコレに飲まれた。かつてハーケンクロイツを掲げて暴走した某国事情のように、規範となり有無を言わさぬポリコレには誰も逆らえない。ハイル・ポリティカルコレクトネス、だ。ユダヤ狩りならぬ言葉狩りの火蓋が切って落とされた。

 

そのような背景があるため、特に欧米からインポートされる(ならびにエクスポートする)コンテンツには高い確率で政治的正しさが織り込まれており、とりわけ映画やゲームでは必ずと言ってよいほどに忖度や下駄としてのポリコレ枠が設けられている。

 

わかりやすいところで言えば、プリンセス・ピーチのように絵に描いたような守られヒロインが減少する一方で、ラスアス2のアビーやスーパーウーマンのような所謂 "強い女" が増えたり、過去に比べてマイノリティ属性の登場回数が妙に多かったり、また最近のゲームキャラクターは意図して容姿のレベルが下げられている...というよりも、登場人物のルックスをアニメやCGのように理想化せず写実的に描いているし、あえてそのようにしているからこそ、ポリコレに未だ与しない日本の創作は海外から批判されている。(反ポリコレ派からは称賛されているが)

 

 

今や欧米圏でのポリコレダイヤモンドコーティングKeeperの施工が当たり前になってしまったからこそ、私は『さて、この作品のポリコレ要素はどこだろうか』と、穿った目───とも言えるし、また捻くれたとも言える目でコンテンツを視聴するようになってしまい、ポリコレ文化圏の表現を見るに際して、何かしら疑いの目を持つようになってしまった。私の中で否応なしにポリコレ要素探しが始まってしまったのだ。まるで紛れ込んだウォーリーを探すかのごとく...。

 

私だって好きでやっているわけではない。なにしろ楽しくないもの。

 

けれども、ポリコレの存在を認識してしまった今となっては、どの作品にも必ずまぶしてあるであろうポリコレに対し、意識のリソースを自動的に割くようになってしまった。

 

こんな感じ

『コーカソイド圏の物語なのに、これ見よがしに別人種が出てきた。ついでにバイセクシャルの恋愛描写ときた。これはもしかしなくてもポリコレ要素だな』

 

『世紀末世界で若いチャンネーが野郎集団に攫われたのに無傷...妙だなポリコレか』

 

『ケツアゴレオンさん!? シェリーちゃんぶっさ。コミュ抜けるわ(RE:2)』

 

『この時代に〇性△△はいなかったと聞くが、史実描写フィクションをポリコレで歴史修正したのか...』

 

 

ポリコレは知らない方が幸せ

断言しましょう。ポリコレを知らない方が幸せです。

 

なにしろ一度ポリコレを知ってしまったが最後、ポリコレ文化圏の作品を素直な目で鑑賞することが難しくなるからです。すでに私はそうなってしまった。もう戻れない。

 

また、何らかの理由でポリコレに反感を抱いてしまうと、ポリコレを巡る政治的議論や闘争(ポリコレ推進派 vs. 反ポリコレ派)に首を突っ込んでストレスを抱えてしまいますし、SNSで取るに足らないレスバトルを始めてしまったりだとか、ポリコレ製品のレビューで批評しがちです。

 

このように、ポリコレにコミットすることで余計な政治思想が芽生えるので、政治厨やイデオロギーが嫌いな人には向きません。 ポリコレを知るとピュアではいられなくなる。良くも悪くも色が付いてしまう。色相が濁りますよ、アナタ。

 

 

日本はまだポリコレが波及していません。ですがそれも時間の問題です。ポリコレは止まりません。少なくともかっぱえびせんを口に運ぶ手の動き程度には止まらない。

 

いずれはオセロや舞妓やJRPGやVTuberや盾の勇者が差別を助長するとして規制されたり、淫夢や面白おかしく脚色されたBLや百合が同性愛差別を助長するとして規制されたり、女偏の漢字が修正されたり、神風特攻隊がマッチョイズムを助長するとして歴史の闇に葬られたり、高身長細マッチョイケメンや巨乳女性の広告が排除されたり、生まれついての属性による能力差を示した統計が不都合なものと見做され、最初からなかったものにされたりと、マジョリティを除いた多くの人に対する政治的な配慮が為されるはずです。

 

けれども、▲性やヘテロセクシャルなどといった、抑圧の象徴と見做されがちなマジョリティはなかなか配慮されない───というより、そもそも配慮する必要がないものとして扱われるでしょうね。

 

例として、以下は男性的ジェンダーロールのマッチョイズムを前面に押し出しているため、ポリコレ的にはまったく正しくないのですが、

 

 

原則的に女性がマッチョイズムを糾弾するインセンティブはなく、また男性側は否定すると社会的なプレステージが低下してしまうため、結局この手の押し付けはガチ勢しか俎上に載せようとしません。

 

もう少し噛み砕いて言いましょう。『男性は勇ましくあるべき』という古来からの規範に否定的な男性は『ダサい男、情けない男』と見做され、また女性側は男性の甲斐性が失われて得することがないという理由で問題視されない、ということです。

 

ところが、こうしたロールの話を女性のケースに反転させると、背後事情の一転からたちまち炎上してしまいます。

 

 

ポリコレ検閲とパブリックエネミー

そしてこれから来るポリコレ全体主義社会においては、今現在あなたが読んでいる私のこの記事も『ポリコレに懐疑的・反抗的な思想をしている』ものとして存在を許されなくなり、欧米資本であるグーグルのインデックスから抹消されたり、SNSに吊るされてリベラルから叩かれたりするものと思われる。

 

ポリコレを素直に享受しない私のような存在は、まさしく邪悪でありレイシストであり打ち倒すべき障害(パブリック・エネミー)なのである。

 

さしずめ幕末の新政府軍をポリコレとするなら、それに抵抗する旧権力側の徳川家こそが旧態依然としたレイシストだ。おいどんに従わん不逞浪士は賊軍レイシストでごわす。錦の御旗は我々にあるでごわす。

 

 

私が記事の冒頭で

 

政治的正しさという道徳的優位の観点から───レイシストのレッテルを貼られないためにも、今や誰もノーとは言えなくなってしまった。

 

と述べた通り、ポリコレに従わない者がレイシストのレッテルを貼られてしまう以上、 私がレイシスト呼ばわりされるのも時間の問題だったりする。今許されているありふれた表現や思想さえも、数年後にはレイシズムとして扱われかねないのが今の急進的な社会だ。あなたのSNSも後々掘り返されて炎上するかもわからない。

 

レイシストのレッテルを貼られたくないのであれば、素直にポリコレへ恭順の意を示し、大人しく蟄居に徹しておいた方が良いだろう。さもなくば虹色の棒やバールのようなもので後頭部をブッ叩かれることになる。