パイパイの奪い合いTube

 

今に始まったことではないが、とりわけ最近は視聴者数及び再生数に伸び悩むYouTubeのチャンネルが増えたように思える。数年前まではみるみる成長していたチャンネルにおいても、最近はむしろ落ち目とも言える状況に陥っているところが少なくない。思い当たる節はないだろうか。私にはいくらでもある。かつて右肩上がりだったあのチャンネルもあのチャンネルもあのチャンネルも、今では閑古鳥が鳴いている。

 

つべくさや つわものどもが ゆめのあと

 

結論から言えば、ここ数年でYouTube市場がまた一段と発達したことから動画投稿者が急増し、またそれに昨今のコンテンツ過多が加わる形で、可処分時間および再生数の取り合い、そして淘汰が進んでいるものと思われる。要するにパイの奪い合いだ。リスナーという名のパイ。

 

また、パイ繋がりで少々脱線するが、乳房を強調する形で男性ユーザーをホイホイするあざとく白々しいタイプの女性投稿者においても、参入障壁の低さとエンタメ的なコスパの良さから当該ジャンルの動画が氾濫し、そこから生じる視聴者の取り合いによって安易に衆目を集めることができなくなった。くわえて、その手の微エロがありふれすぎて陳腐化してしまった、というのも一因にあるだろう。増えすぎたVTuberと同じで、そこには何ら新鮮さも希少価値もない。

 

乳強調して料理

乳強調して楽器

乳強調してペット

乳強調してキャンプ

乳強調してASMR

乳強調して車

乳強調して育児

乳強調してフィットネス

 

あの手の微エロというのは、健全が保証されているはずのクリーンなプラットフォームの目をかいくぐってごくごく少数存在するからこそ希少価値が発生し、そしてリスナーの興味を惹く。ところが、今となってはあの手の脱法ポルノ動画が市中に跋扈しており、そこに何ら斬新さはなく、ただのインスタントな何かになり下がった。

 

あの手の動画は、『(結果を上げられるだけのスキルが無いから)エロによって頭の悪い男を寄せ集めて再生数を盛ろう』とでも言いたげな安易な魂胆が透けて見えて、何なら醜悪ですらある。他意の無いただの女子陸上動画とは違う。

 

私は『こういうの好きなんでしょ?』的な、舐め腐った魂胆が透けて見えると絶対に開かない。その手には乗らん。駆け引きには負けない。サムネで胸強調しているような動画など、アッラーに誓って開かない。イスラームの民に色欲など不要。ブルカでも被れ下郎。

 

乳Tuberはたしかに外的にはセクシーかもしれないが、短期的な実益のためにインターネットで公然と肌を晒す中身のほどはおぞましい。将来、自分の子供がそれを知ったらいったいどう思うだろうか。自分の母親がたまごっちごときのために売春していたと知った子供くらい悲しむぞ。『母ちゃん、そんな情けない人だったんだ』『当時は若くお金が必要だったのよ』

 

また、乳房をはだけて己を投げ売っているにもかかわらず、大して再生数が上がっていないチャンネルも少なくないらしく、さすがに哀れと言う他ない。なにしろ見向きもされない路上ストリップなのだから。小銭のチップが数枚飛び交うだけの裏路地ストリップに幸あれ。

 

そしてなぜあの手の動画がなかなか運営からシバかれないのかと言えば、まず第一に動画の大義名分となる主題(料理やキャンプ)があるのと、また何よりそれらコンテンツを提供するのが人権問題的にあげつらいにくい女性であることが大きい。

 

同プラットフォーム運営会社の本拠は海外であり、そのため海外基準の、西欧的でリベラルな価値観に従っている。そこでの女性性はひときわ手厚く保護されており、下手に引っぱたこうものならレイシストの烙印を押されかねず、そのため下手に裁くことは難しい。肌の黒い人と同じメカニズムだ。弱者という理由で保護されすぎた結果、むしろ社会的強者として振る舞えている。弱者と言う名の強者。

 

また、数多の乳強調動画においては一般的にエロが主題ではなく、あくまでニオイとして添えられた "アクセント" や "スパイス" でしかないため、その微かな(?)性的要素を取り沙汰してペナルティを加えてしまえば、下手をすれば『運営はそういう目で見てるヘンタイ!』のレッテルを貼られ、むしろ加害者とされてしまいかねない。『そういう目で見る方が悪い』というのは、よくある被害者ビジネスのひとつだ。

 

だから余程に露骨か、あるいは過激なものしか運営は取り締まれないのである。

 

実際、乳房を強調したりその他性的な匂わせをする料理YouTuberが野放しであるにもかかわらず、その意趣返しというか皮肉として投稿していた股間もっこり男性料理YouTuberが速攻でBANされていたりする。まぁ乳房と男性器に対称性が無いと言われればそれまでだが。

 

 

勝者の陰には敗者が

私こと因幡も、最近は視聴したいチャンネルが増えすぎてしまい、その時間を浮かせるべく代償としてリストから弾いたチャンネルは少なくない。まさにこれこそがパイ争奪の結末だ。せわしなくコンテンツを消費するこのご時世、何事においても優先順位をつけ、そして取捨選択していかなければならないし、提供側はユーザーに選ばれるコンテンツを作る必要がある。だから自己満足なものは選ばれない。ファスト映画や切り抜き然り、今はユーザー目線に立ったものが覇権を握る。(なおファスト映画は著作権侵害で淘汰された模様)

 

今のYouTuberたちは、文字通りリスナーを奪い合っている。面白いところがアルファ的存在として生き残り、つまらない、あるいは適応できないところは死に絶える。現代社会における男女の生殖事情と同様、淘汰率は急激に強まっている。メリトクラシーでも言うべきなのか。

 

それだけ『見たい!』と思わせる魅力的なチャンネルが増えたということでもあり、またその分だけ人知れず見捨てられ寂れていったチャンネルがある。YouTuberがひとりほくそ笑んでいる裏では、別のひとりが自チャンネルの尻すぼみに泣いている。たぶんそういうことなんだと思う。