他人志向型人間と消費イナゴダイナミズム

他人志向型人間と消費イナゴダイナミズム

 

現代人───というよりほとんど若年層の話になるだろうが、とりわけスマホデジタルネイティブ世代は刺激の弱いパートを省きたがる。別の表現をすれば、"情報的な濃度の薄い部分" を良しとしない。とにかくムダなのだ。ネットに溢れるコンテンツを次々と消費し、周囲の話題に追従するためには、要点を効率よく押さえていく必要がある。退屈な前置きや導入なんていらない。

 

(中略)

我々には消費するべきコンテンツが山ほどあり、日々増えていく積みゲーのような娯楽のタスクを崩さなければならないし、またソシャゲのデイリー消化にも奔走しなければならない。彼らの目的とは流行りに乗って消費することであり、また周囲に迎合することにある。決してそれ自体を味わったり楽しむことではない。

(中略)

世間がシン・エヴァンゲリオンで盛り上がっている傍ら、例えば話題性の欠片もないインディーズ映画で細々と楽しめる人がいったいどれだけいるだろうか。平凡な感性やメンタリティでそれは難しい。普通の人ほど中央的な文化に追従し、せわしない消費を繰り返す。トレンドを拾い、食べ、そして次のトレンドへと移るサイクルを高速で繰り返す。

 

https://www.inagotail.com/entry/x2speed-consume

 

一月前の上記に関連する著作を見つけた。誓って言うが、以下を見てから記事を書いたわけではない。

 

他人指向型の社会的性格においては行動の規範よりも対面する人々に限らずマスメディアを通じて知る人々を含めた他人の動向に注意を払ってそれに参加する。彼らは恥や罪という道徳的な観念ではなく不安によって動機付けられる。このような他人指向型の社会的性格が成立した背景についてリースマンは産業社会の特徴と見なし、家族との関係、同輩集団との関係、マスメディアとの関係から要因について考察している。

 

さらに他人指向型の社会的性格がもたらす消費行動の傾向にも自らの純粋な効用のためではなく、他人志向のための消費傾向が見られるようになっていることを指摘する。また政治指導者において他人指向型の社会的性格を反映していると、政治もマスメディアを通じて他人指向型の消費行動を示す場となっていく。

 

引用:孤独な群衆

 

そしてリースマンは言う。消費をとおして自己演出し、他人からの評価を気にしてやまない自意識の持ち主は他人志向型人間の典型であり、またそれによって他人との差別化をはかる消費個人主義社会の申し子であると。

 

人には大まかに二種類ある。ひとつは自分が好きな消費行為に及ぶ人と、もうひとつは周囲が好きなことの中から最大限自分に好ましい消費をする人。そして今の消費個人主義社会において、是非はともかく後者が増えすぎてしまった。とりあえずみんな、参加人数の多いコンテンツを選ぶ。なぜなら不安だから。

 

彼らは恥や罪という道徳的な観念ではなく不安によって動機付けられる。

 

セルラン1位のゲームやってる俺すげえええええええええww

 

斜に構えてんじゃねえよ。お前も「船」に乗れ。置いていくぞ

 

ゲームをやりたいんやなくてそれを通じて馴れ合いたいんだろうな。アニメ漫画ドラマ映画音楽エンタメ全てに言える

 

勝ち組の側についてイキり散らしているとまるで自分が勝ち組になったかのような錯覚に陥って気分よくなれる。別にオタクコンテンツに限った現象じゃなくてもっとありふれていると思うけど

 

ウマ娘がまさに勝ち馬コンテンツ

 

例えば昔のオタクと言えば、人目も憚らず世間的に無理解な趣味に没頭する人間の蔑称だった。ところが今のオタクの語意とは、とりあえずサブカルに触れているカジュアルな趣味人全般を指し、一方である分野を突き詰めた古臭いステレオタイプのコテコテオタクはほとんどいなくなったように見える。

 

また昨今は、アニメやソシャゲをはじめとするサブカルを多くの人が受容するようになり、これらが広くコミュニケーションツールとしての役割を担い始めた。結果としてオタクアイデンティティは極めてカジュアル化したため、そもそもオタクというワード自体がナンセンスなものになりつつある。今や若年層の多くはカジュアルオタクのイナゴだ。周囲の承認を得たり、他人とつながりを持つためにそれをやっている。

 

インターネットによるコンテンツの流通過多、消費を通して自己顕示する消費個人主義社会、そして他人志向型人間。昨今のイナゴダイナミズムの背景には、大まかにこの3要素があると言える。

 

現代人は他人の目を気にして消費するものを選択する。したがって、周囲から評価されづらい消費行為は避けて通る。だから多くの人はメジャーコンテンツの中から無難な消費をし、浅く広くのスタイルで安定して承認を得ようとするが、それに満足いかない者が持ち前のセンスで一歩先を行く消費を行い、それにより差を付けようとする*1。コーナーで差を付けろ。

 

例えば、流行のさらに最先端を征くオシャレマスターは、周囲よりもいち早く流行を取り入れることで自己を顕示している。彼ら彼女らはファッションモンスターのように自分本来が望んだ格好を突き詰めるのはなく、あくまで最先端のファッションを纏うことに腐心する点が、他人志向型イナゴ人間の特徴に当てはまる。そういう意味では、作為的なマイオナも差別化行為の一環と言える。

 

周囲を気にせずシコシコと好きなことをするか、それとも周囲に迎合するか、あるいは一歩出し抜いて優越感に浸るか、許された道は3つだ。

 

*1:ただし道を誤れば叩かれるだけの結果となる